ブンゴウメール
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「ね、いいこと、ドミートリイ・ドミートリチ? わたしの方からモスクヴァへお目にかかりに行きますわ。わたしは一日だって仕合せだったことはなし、現在も不仕合せだし、これから先だって決して仕合せになりっこはないの、決してないの! この上またわたしを苦しまさせないで下さいまし! 指切りですわ、わたしがモスクヴァへ行きますわ。でも今日はお別れにしましょう! ね、わたしの大事な大事なあなた、お別れにしましょう!」
彼女は彼の手を握りしめると、彼の方を見返り見返り、すばやく階段を下りて行った。
その彼女の眼を見ると、彼女が実さい仕合せでないことが分かるのだった。
グーロフはややしばしその場に佇んで耳を澄ましていたが、やがて一切が静寂に返ると、自分の外套掛けをさがし出して劇場を後にした。
四
でアンナ・セルゲーヴナは彼に会いにモスクヴァへ来るようになった。
二月か三月に一度、彼女はS市から出て来るのだったが、良人には大学の婦人科の先生に診てもらいに行くのだと言いつくろっていた。
もっとも良人は半信半疑の体だった。
モスクヴァに着くと、彼女は『*スラヴャンスキイ・バザール』に部屋をとって、すぐさまグーロフのところへ赤帽子の使いを走らせる。
そこでグーロフが彼女に会いに行くのだったが、モスクヴァじゅうで誰一人それに気づいた者はなかった。
あるとき彼はやはりそんな段どりで、冬の朝を彼女の宿めざして歩いていた(便利屋は前の晩に来たのだが彼は留守にしていた)。
娘も一緒に連れだっていたが、それはちょうど途中にある学校まで送ってやろうと思ったのだった。
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