ブンゴウメール
(713字。目安の読了時間:2分)
子どもたちにも厭々したし、銀行にもうんざりしたし、どこへも行きたくはなし、何の話もしたくなかった。
十二月の休暇になると彼は旅行を思い立って、妻にはある青年の就職の世話をしにペテルブルグへ行って来ると言い置いて、実はS市へ出掛けて行った。
何をしに? 彼は自分でもよく分からなかった。
とにかくアンナ・セルゲーヴナに会って話がしたい、叶うことならゆっくりどこかで会ってみたい、と思ったのである。
彼は朝のうちにS市に着いて、ホテルの一番いい部屋をとった。
部屋は床いちめんに灰色の兵隊羅紗が敷きつめてある。
テーブルの上には埃で灰色になったインキ壺があって、片手に帽子を高く差しあげた騎馬武者の像がついているが、その首は欠け落ちていた。
入口番が彼に必要な予備知識を与えてくれた。
曰く、フォン・ヂーデリッツはスタロ・ゴンチャールナヤ街の自分の持家に住んでいること、曰く、それはホテルから遠くないこと、曰く、なかなか羽振りのいいむしろ豪勢な暮しぶりで、自家用の馬車もあるし、この町で誰ひとり彼を知らない人はないこと。
その入口番はドルィドィリッツと発音していた。
グーロフは別に急ぐ様子もなくスタロ・ゴンチャールナヤ街へ歩いて行って、めざす家をみつけ出した。
ちょうど家の真ん前には灰色をした長い柵が連なっていて、釘が植えてある。
『こんな囲いなんか逃げ出せるさ』とグーロフは、窓と柵とをかわるがわる睨みながら、心のなかでそう考えた。
彼は色々と思いめぐらすのだった。
――今日は役所が休みだから、良人はきっとうちにいるだろう。
いやそれはいずれにせよ、家へあがり込んでどぎまぎさせるのは、あまり気の利いた話ではない。
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