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2019-05-15

犬を連れた奥さん(15/30) - ブンゴウメール

ブンゴウメール

(787字。目安の読了時間:2分)

…想よくもしてやったし、親身にいたわってやりもしたけれど、それにしてもあの女に対するこっちの態度や、ことばの調子や、可愛がりようの中にはやっぱり、まんまと幸運を手に入れた男の、それも相手より二倍ちかくも年上の男のかるい嘲笑いや、がさつな思い上がりが、影のように透けて見えるのをどうしようもなかったのだ。

彼女はいつも彼のことを、親切な、世の常ならぬ、高尚な人と呼んでいた。

してみるとどうやら彼女の眼には、正体とは別物の彼の姿が映っていたものと見える。

つまりは知らず識らず彼女をだましていたことになる。

……

 今いる停車場はもう秋の匂いがして、ひえびえとした晩であった。

『おれもそろそろ北へ帰っていい頃だ』とグーロフは、プラットフォームを出ながら考えた。

『もういい頃だ!』

       三

 モスクヴァのわが家はもうすっかり冬仕度で、暖炉も焚いてあるし、毎朝子どもたちが登校の身ごしらえをしたりお茶を飲んだりしているうちはまだ暗いので、乳母がしばらくのあいだ燈をともす始末だった。

もう凍てが始まっていた。

初雪が降って、はじめて橇に乗って行く日、白い地面や白い屋根を目にするのは楽しいもので、息もふっくらといい気持につけ、この頃になるときまって少年の日が思い出される。

菩提樹や白樺の老樹が霜で真っ白になった姿には、いかにも好々爺然とした表情があって、糸杉や棕櫚よりもずっと親しみがあり、その傍にいるともう山や海のことを想いたくもない。

 グーロフは根がモスクヴァの人間だったので、その彼が上天気の凍てのぴりぴりする日にモスクヴァへ舞い戻って来て、毛皮の外套を着込み温かい手袋をはめて*ペトローフカ通りをひとわたりぶらついたり、土曜日の夕ぐれ鐘の音を耳にしたりするが早いか、最近の旅行のことも、行って見た土地土地のことも、すっかり彼には魅力がなくなってしまった。

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