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「わたしはこの間もある社会主義者に『貴様は盗人だ』と言われた ために心臓痲痺を[#「痲痺を」は底本では「痳痺を」] 起こしかかったものです。」
「それは案外多いようですね。わたしの知っていたある弁護士など はやはりそのために死んでしまったのですからね。」
僕はこう口を入れた河童、――哲学者のマッグをふりかえりました 。
マッグはやはりいつものように皮肉な微笑を浮かべたまま、だれの 顔も見ずにしゃべっているのです。
「その河童はだれかに蛙(かえる)だと言われ、――もちろんあな たも御承知でしょう、この国で蛙だと言われるのは人非人という意 味になることぐらいは。――己は蛙かな?
蛙ではないかな? と毎日考えているうちにとうとう死んでしまったものです。」
「それはつまり自殺ですね。」
「もっともその河童を蛙だと言ったやつは殺すつもりで言ったので すがね。あなたがたの目から見れば、やはりそれも自殺という…… 」
ちょうどマッグがこう言った時です。
突然その部屋の壁の向こうに、――たしかに詩人のトックの家に鋭 いピストルの音が一発、空気をはね返すように響き渡りました。
十三
僕らはトックの家へ駆けつけました。
トックは右の手にピストルを握り、頭の皿から血を出したまま、高 山植物の鉢植えの中に仰向けになって倒れていました。
そのまたそばには雌の河童が一匹、トックの胸に顔を埋め、大声を あげて泣いていました。
僕は雌の河童を抱き起こしながら、(いったい僕はぬらぬらする河 童の皮膚に手を触れることをあまり好んではいないのですが。)「 どうしたのです?」と尋ねました。
「どうしたのだか、わかりません。ただ何か書いていたと思うと、 いきなりピストルで頭を打ったのです。ああ、わたしはどうしまし ょう?
qur-r-r-r-r, qur-r-r-r-r」(これは河童の泣き声です。)
「なにしろトック君はわがままだったからね。」
硝子(ガラス)会社の社長のゲエルは悲しそうに頭を振りながら、 裁判官のペップにこう言いました。
しかしペップは何も言わずに金口の巻煙草に火をつけていました。
すると今までひざまずいて、トックの創口などを調べていたチャッ クはいかにも医者らしい態度をしたまま、 僕ら五人に宣言しました。
(実はひとりと四匹とです。)
「もう駄目です。トック君は元来胃病でしたから、それだけでも憂 鬱になりやすかったのです。」
「何か書いていたということですが。」
哲学者のマッグは弁解するようにこう独り語をもらしながら、机の 上の紙をとり上げました。
僕らは皆頸をのばし、(もっとも僕だけは例外です。)幅の広いマ ッグの肩越しに一枚の紙をのぞきこみました。
「いざ、立ちてゆかん。娑婆界を隔つる谷へ。
岩むらはこごしく、やま水は清く、
薬草の花はにおえる谷へ。」
マッグは僕らをふり返りながら、微苦笑といっしょにこう言いまし た。
「これはゲエテの『ミニヨンの歌』の剽窃ですよ。するとトック君 の自殺したのは詩人としても疲れていたのですね。」
そこへ偶然自動車を乗りつけたのはあの音楽家のクラバックです。
クラバックはこういう光景を見ると、しばらく戸口にたたずんでい ました。
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