(1354字。目安の読了時間:3分)
悪はおのずから消滅すべし。』……しかもわたしは利益のほかにも 愛国心に燃え立っていたのですからね。」
ちょうどそこへはいってきたのはこの倶楽部(クラブ)の給仕です 。
給仕はゲエルにお時宜をした後、朗読でもするようにこう言いまし た。
「お宅のお隣に火事がございます。」
「火――火事!」
ゲエルは驚いて立ち上がりました。
僕も立ち上がったのはもちろんです。
が、給仕は落ち着き払って次の言葉をつけ加えました。
「しかしもう消し止めました。」
ゲエルは給仕を見送りながら、泣き笑いに近い表情をしました。
僕はこういう顔を見ると、いつかこの硝子(ガラス)会社の社長を 憎んでいたことに気づきました。
が、ゲエルはもう今では大資本家でもなんでもないただの河童にな って立っているのです。
僕は花瓶の中の冬薔薇の花を抜き、ゲエルの手へ渡しました。
「しかし火事は消えたといっても、奥さんはさぞお驚きでしょう。 さあ、これを持ってお帰りなさい。」
「ありがとう。」
ゲエルは僕の手を握りました。
それから急ににやりと笑い、小声にこう僕に話しかけました。
「隣はわたしの家作ですからね。火災保険の金だけはとれるのです よ。」
僕はこの時のゲエルの微笑を――軽蔑することもできなければ、憎 悪することもできないゲエルの微笑をいまだにありありと覚えてい ます。
十
「どうしたね? きょうはまた妙にふさいでいるじゃないか?」
その火事のあった翌日です。
僕は巻煙草をくわえながら、僕の客間の椅子に腰をおろした学生の ラップにこう言いました。
実際またラップは右の脚の上へ左の脚をのせたまま、腐った嘴(く ちばし)も見えないほど、ぼんやり床の上ばかり見ていたのです。
「ラップ君、どうしたね。」と言えば、[#「「ラップ君、どうし たね。」と言えば、」は底本では「「ラップ君、どうしたねと言え ば。」]
「いや、なに、つまらないことなのですよ。――」
ラップはやっと頭をあげ、悲しい鼻声を出しました。
「僕はきょう窓の外を見ながら、『おや虫取り菫(すみれ)が咲い た』と何気なしにつぶやいたのです。すると僕の妹は急に顔色を変 えたと思うと、『どうせわたしは虫取り菫よ』 と当たり散らすじゃありませんか?
おまけにまた僕のおふくろも大の妹贔屓ですから、やはり僕に食っ てかかるのです。」
「虫取り菫が咲いたということはどうして妹さんには不快なのだね ?」
「さあ、たぶん雄の河童をつかまえるという意味にでもとったので しょう。そこへおふくろと仲悪い叔母も喧嘩(けんか)の仲間入り をしたのですから、いよいよ大騒動になってしまいました。しかも 年中酔っ払っているおやじはこの喧嘩を聞きつけると、たれかれの 差別なしに殴り出したのです。それだけでも始末のつかないところ へ僕の弟はその間におふくろの財布を盗むが早いか、 キネマか何かを見にいってしまいました。僕は…… ほんとうに僕はもう、……」
ラップは両手に顔を埋め、何も言わずに泣いてしまいました。
僕の同情したのはもちろんです。
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