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2020-06-19

機械(19/30)

(821字。目安の読了時間:2分)

前に軽部を有頂天にさせて秘密を饒舌らせてしまった彼の魅力が私へも次第に乗り移って来始めたのだ。 私は屋敷と新聞を分け合って読んでいても共通の話題になると意見がいつも一致して進んでいく。 化学の話になっても理解の速度や遅度が拮抗しながら滑めらかに辷(すべ)っていく。 政治に関する見識でも社会に対する希望でも同じである。 ただ私と彼との相違している所は他人の発明を盗み込もうとする不道徳な行為に関しての見解だけだ。 だが、それとて彼には彼の解釈の仕方があって発明方法を盗むということは文化の進歩にとっては別に不道徳なことではないと思っているにちがいない。 実際、方法を盗むということは盗まぬ者より良い行為をしているのかもしれぬのだ。 現に主人の発明方法を暗室の中で隠そうと努力している私と盗もうと努力している屋敷とを比較してみると屋敷の行為の方がそれだけ社会にとっては役立つことをしている結果になっていく。 それを思うとそうしてそんな風に私に思わしめて来た屋敷を思うと、なおますます私には屋敷が親しく見え出すのだが、そうかといって私は主人の創始した無定形セレニウムに関する染色方法だけは知らしたくはないのである。 それ故絶えず一番屋敷と仲好くなった私が屋敷の邪魔もまた自然に誰より一番し続けているわけにもなっているのだ。  あるとき私は屋敷に自分がここへ這入って来た当時軽部から間者だと疑われて危険な目に逢わされたことを話してみた。 すると屋敷はそれなら軽部が自分にそういうことをまだしない所から察すると多分君を疑って懲り懲りしたからであろうと笑いながらいって、しかしそれだから君は僕を早くから疑う習慣をつけたのだと彼は揶揄(からか)った。 それでは君は私から疑われたとそれほど早く気附くからには君も這入って来るなり私から疑われることに対してそれほど警戒する練習が出来ていたわけだと私がいうと、それはそうだと彼はいった。

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